ALSの病態・機序:2. 興奮性細胞死仮説

国際医療福祉大学 特任教授
東京大学大学院医学系研究科 疾患生命工学センター 客員研究員
郭 伸

 身体のどこかを動かしたいという意思は、運動ニューロンを介して筋肉(骨格筋)に伝えられます。ニューロンは神経細胞体、1本の軸索、多数の樹状突起、の3つの部分から形成されています(図1)

 運動ニューロンには上位運動ニューロンと下位運動ニューロンがあり、大脳皮質の一次運動野にある上位運動ニューロンは軸索を通じて、脳幹や脊髄前角の下位運動ニューロンに信号を送り、下位運動ニューロンは軸索を骨格筋に送って筋肉を収縮させます(図2)

●図1

図1

●図2

図2

監修:郭 伸 先生

 ニューロン間の信号伝達はシナプス(8)を介して行われ、下位運動ニューロンと筋肉との信号伝達はシナプスに類似した構造の神経筋接合部を介して行われます。運動ニューロンの場合、上位運動ニューロンの指令が軸索を伝わると、前シナプスから神経伝達物質(グルタミン酸:アミノ酸の1つ)がシナプス間隙に放出され、後シナプスのシナプス間隙側に顔を出しているグルタミン酸受容体に結合すると受容体が活性化されるという仕組みです。グルタミン酸受容体の活性化により、イオン(ナトリウム、カルシウムなど)が後シナプス側に流入し、下位運動ニューロンを興奮させ、それにより筋肉が収縮します(9)

 ほとんどの興奮性神経伝達はグルタミン酸がつかさどっていますが、興奮伝達が過剰になると、グルタミン酸受容体から細胞内にイオンが過剰に流入し、ニューロンを傷め、神経細胞死を引き起こします。このような、神経細胞の過剰興奮に起因する神経細胞死のことを興奮性細胞死と呼びます。よく知られているのは、脳梗塞や、脳外傷、てんかんなどに伴う急性脳障害に働くメカニズムで、グルタミン酸受容体からのナトリウムイオンの急激な細胞内流入が原因だと考えられています。

 一方で、興奮性神経細胞死には緩徐な経過を辿るものがあります。このような神経細胞死にはグルタミン酸受容体のなかでもAMPA受容体サブタイプ(10)が関与しており、カルシウムイオンの過剰な流入が問題であることが分かってきました。特に運動ニューロンは他のニューロン種に比べてAMPA受容体の過剰興奮に脆弱なのでALSの病因と関連するのではないかと以前から考えられていました。

 研究の進歩により、AMPA受容体のカルシウムイオン透過性の制御機構が明らかになりALSの運動ニューロンにはカルシウムイオンを過剰に透過してしまう、通常は発現しないAMPA受容体(GluR2のRNA編集異常による)(11)が発現していることが突き止められました。さらに最近、この分子異常が運動ニューロン死の直接原因になることが動物実験で証明され、孤発性ALS運動ニューロンでは正常には発現していないタイプのカルシウム透過性AMPA受容体が発現することが発症原因であることが示されています。

 すなわち、通常の神経伝達のために放出されたグルタミン酸が同時にカルシウムイオンを過剰に流入させるために細胞を傷めてしまう、というメカニズムです。この分子異常は、ALSの大多数を占める孤発性ALS患者に共通してみられるのに対し、家族性ALSを含め、孤発性ALS以外のさまざまな疾患ではみられません。

 したがって、孤発性ALSの大多数は単一の疾患であり、家族性ALSとは異なる疾患であることを意味しています。この仮説が正しければ、この疾患特異的な分子異常を標的とした孤発性ALSの治療は有効性が期待できます。

(8)
シナプスは、あるニューロンの軸索の末端(前シナプス)と別のニューロンの樹状突起(後シナプス)とがわずかな隙間(シナプス間隙)で相対している構造を指す。前シナプス側から放出された神経伝達物質が後シナプス側の受容体に結合して後シナプス側の細胞に信号を伝える。神経細胞により神経伝達物質の種類が異なり、後シナプス側の神経を興奮ないし抑制する。神経筋接合部では後シナプス側は終板という筋肉の特殊部分であり、アセチルコリンを神経伝達物質として使い、同様のメカニズムで筋肉を興奮させる。
(9)
こうした運動を行うメカニズムのため、ALSでは、同じ筋肉を支配する運動ニューロンの障害でも、上位・下位運動ニューロンのどちらがより強く侵されるかによって症状が異なる。
(10)
グルタミン酸受容体にはこの他、NMDA受容体、カイニン酸受容体、代謝調節型受容体と呼ばれるサブタイプがあり、グルタミン酸による神経伝達を微妙に調節している。
(11)
AMPA受容体は4個のサブユニットから構成されており、サブユニットには4種類ある(GluR1~GluR4)。GluR2 がサブユニットに含まれるAMPA受容体はカルシウムイオン非透過性であり、これは、GluR2遺伝子が転写された後にRNA編集によりアミノ酸構成が変わることによる(すなわち、GluR2 遺伝子には変異がない)。ニューロンに発現する大多数のAMPA受容体はGluR2を含み、全てのGluR2はRNA編集されるので、カルシウムイオンを透過しない。ところが、RNA編集がうまく起こらないままGluR2蛋白が発現すると(未編集型GluR2)、AMPA受容体はGluR2 をサブユニットにもっていてもカルシウムイオン透過性になる。カルシウムの過剰な細胞内流入は細胞を傷めるので、緩徐な経過の運動ニューロン死を引き起こす。このRNA編集異常は、孤発性ALSの運動ニューロンの一部に始まり、徐々に周囲の運動ニューロンに及ぶことで病気が進行すると考えられる。