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カルテの余白

エピソード8
LTTプログラム委員 郭 伸先生

自立してALSと闘う

「自立してALSと闘う」 私は神経内科で、20年以上ALSを含む様々な患者さんの診療にあたってきました。ALSという難病に正面から立ち向かう患者さんやご家族に対し、医師として臨床の場で最大限できることは何かを考える毎日ですが、外来に通ってこられているALS患者さんのなかで、自分を客観的に見つめ、見事に自立しているNTさんという方がいます。
 病状が比較的ゆるやかに進行していることも幸いしていますが、ALSという大きな壁に向かって、一つ一つ冷静に自分でできるかぎり解決していかれる姿に、医療者としても大きな感銘を受けています。ここにご紹介するのは、NTさんがご自分の病状や日常生活について客観的に書かれた手記の一部です。

1991年~1992年

1991年に発病、最初は気にもとめなかった

 1991年、右手中指の動きが悪く、力が入らないことと洗髪後のドライヤーが重く腕が疲れることに気づきました。また、車をバックするとき、振り向くと右首筋に痛みを感じていました。当時まで病気をしたこともなかったので、コンピュータの使い疲れくらいに考え、たいして気にもかけていませんでした。年一度、健康保険組合の診療所での健康診断(人間ドック)のとき、医師に相談したところ、神経内科で診てもらいなさいと病院を紹介してもらいました。

担当医が時間をかけてALSの告知

 ……検査の結果、頚椎症との診断を受けました。以後、月1回の通院となりましたが、いただく薬と処置の内容からみて、重大な別の病名があると推測していました。
 間もなく担当医から運動ニューロン病であること、同病名の患者にはルー・ゲーリックやホーキング博士がいると説明がありました。1992年のことでした。
 担当医は私のショックを和らげるため、時間をかけて知らせる配慮をしてくれたのです。感謝しています。

郭先生のコメント

 私がNTさんの主治医になったのは4、5年前のことで、そのときすでにALSの告知を受けておられました。
 告知を受けるまでのプロセスをみてみると、NTさんは、事実を知りたい、事実を知ってそれに立ち向かいたい、という志向の方で、今では当たり前になっているセカンド・オピニオンを求めていくつかの専門医を訪ねておられます。この病気の告知には、癌告知の場合に通ずる問題があり、従来は、悪い情報はなるべく伝えず患者を無用に落胆させないようにしようという考え方(パターナリズム:家父長)が、医療者・患者家族にありました。現在では、インフォームド・コンセントの概念が医療者には広まっており、残された人生設計に役立つようにできるだけ真実を伝えた上で、精神面をも含めたサポートをしていこうという方向性になっていますが、患者家族はなかなかそこまでは割り切れず、従来型の「本人には知らせない」ことに固執されることも多いのが現状です。NTさんの場合、元々の考え方が合理的であり、医療機関への通院、疾患への取り組みは常に本人が主導権をとっていたことがこのような形で表れたのだと思います。ALSのような病気に対しどのように取り組むべきか、示唆に富む例であろうと思います。

1993年~1995年

進行が遅く1995年に定年を迎えるまで勤務

 きわめて症状は軽く、日常生活にほとんど影響がない状態でしたが、ゆっくりと確実に進行しているのがわかりました。右手と腕に始まり、右足、左手と腕、左足の順で並行して筋力の低下がゆっくりと進行しました。
 また、舌の動きが衰え、発音しにくい音が現れました。
 通勤には片道1時間半かかり、つり革なしでは立っていられなくなりました。
 そして、疲れやすくなり、同時に呼吸が荒くなりました。(1993年11月年特定疾患医療受給者証の交付を受ける)

退職後、努めて外出、楽しみを見つける

退職時、これまで35年余り続けてきた生活から、どのように転換するか戸惑いました。
  • 通勤がなくなり、大半を家で過ごすことになるための家族への影響
  • 読みたくて読んでいない本
  • 行きたくて行っていない所、引き続き行きたい所
  • やってみたくてまだやっていないこと
  • やっておかなければならないこと
病気が進行してゆくことを考えると、優先順位がありそうです。
幸いに進行速度は遅く、残された時間も多少ありそうです。
車の運転も自分でできますから、遠出旅行も可能です。
山菜や新緑、きのこや紅葉を期待して、車に乗れる間は続けたいと考えました。
在勤中、工場の生産管理のコンピュータ化も手がけてきましたし、希望内容のソフトを自分で作成してきました。
こうした知識経験も利用できそうです。
ALSを考慮しながら退職後の日常生活の計画を立てるとき、つぎのようなことを努めて行うようにしました。
  • できる限り外に出ることにしました。
  • より多くの方々と接する機会を持つことも重要と考えました。
  • 体が不自由になっても、より長く楽しめ、のめりこめる対象を見つけ、選ぶことにしました。
  • 病状の進行速度を予測して、体の状態に応じてしたいことをできるうちにしておくことにしました。

郭先生のコメント

進行がゆるやかだったので、発症後も60歳の定年まで技術者としての仕事を続けられました。仕事柄か、きわめて冷静かつ客観的にご自分の病気をとらえておられることが、この手記からもうかがえます。通勤はかなり大変だったようですが、体と相談しながら道具をうまく使って、その時点でできることを実現する努力をされていることには敬服します。退職後も、健康な人以上に積極的に生活することを考え、実践されていることは、仕事人間ではなく、人生を有意義に過ごす術を心得ておられるためではないでしょうか。このような心の持ちようは、病気の有無にかかわらず、人生を楽しむ秘訣のように思います。

2000年~

不自由ながら日常生活は自立

 2000年現在の症状は、筋力の低下が左右対称に起こってきていて、徐々に日常生活を送るのに不便を感じるようになってきました。
 物を下げるのはある程度可能ですが、持ち上げるのはだめです。こんなときは食事の途中でも、腰を上げて腕を下げて取るようにしています。
 家の中と近隣ぐらいまでは歩けますので、日常生活には一応支障はありません。むせることが時々あります。就寝中に(おそらく唾液でむせて)発作的に起きたときが危険です。咳き込んで息は吐けるが吸えない状態になります。
 就寝中に息苦しくなったら、素早く起き上がり、正座の姿勢で上半身を低くして、咳き込みを無理に我慢します。間もなく少しずつ息が吸えるようになります。

 今後の課題が大変です。介護保険によるケアも始まりました。
 現在、日常生活は自立していますが、さらに病状が進むわけで、自立が困難になってゆく段階に応じて必要と思われる事柄を、まとめているのが現状です。

郭先生のコメント

NTさんの手記を全部ご紹介できないのが残念ですが、ご自分の症状を各部位ごとに客観的かつ詳細に記述しておられます。
 私の外来には、ご自分でクルマを運転して1月に一度受診されます。15~20分くらいの診察時間に要領よく症状や問題を報告してくださいます。多くは、寒冷時に体が動きにくくなる、呼吸器・嚥下の問題、腰痛・肩痛、足がつること、などに関してです。ご自分なりによく工夫されてうまく対処できていることが多いのですが、私はそれに対して、専門的な立場から、病気との関連の有無を判断し、必要に応じて検査をするとともに、対処法を提示します。それを採用するかどうかはNTさん次第であり、いくつかの選択肢がある場合には、NTさんに選んでいただき、次回の診察時に結果を教えてもらいます。また、病気のこともよく勉強されていて、新聞などに載った最新の研究記事などの解説を求められることもあります。したがって、医療に対する過剰な期待はなく、医療機関をどう利用すべきかをよく理解されておられます。
 自己を確立し、自立した患者さんの姿がここにあると思います。
 NTさんは、21世紀における患者さんと医師の理想的な関係を実現している、といっても過言ではありません。