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カルテの余白

エピソード9
LTTプログラム委員 尾野精一先生

毎日30分の指文字練習で短歌づくりも楽しむTさん

毎日30分の指文字練習で短歌づくりも楽しむTさん 私たちが在宅療養されている神経難病の患者さんの往診を始めて約8年になります。今回は、2週間に1回の往診を楽しみにしていらっしゃる83歳のTさんとそのご家族をご紹介します。
Tさんは、何代も続く農家を継いで、農業一筋に生きてこられました。高齢でALSを発病し、人工呼吸器をつけても、自分に残された能力を少しでも持続させようと毎日努力しておられる姿に、訪問看護婦も私も深い感銘を受けています。

高齢でALSを発症

 Tさんが手の動きに何となく不自由を感じはじめたのは、1996年の4月のことで、当時78歳でした。同時に舌の呂律(ろれつ)も回りにくくなっていたそうですが、そのころはまだ当院を受診されていませんでした。
 高齢での発症ということもあり進行が速く、7月頃より体を動かしたとき呼吸困難を起こしたり、痰を出すことがむずかしくなってきました。
 11月には呼吸困難がひどくなって、当院に入院。ALSと診断されました。しかし、このときは一旦退院し、通院して治療を続けることになりました。

肺炎で緊急事態に

 翌1997年3月、発熱、咳、痰、呼吸困難を起こし、救急車で当院の救急外来を受診。肺炎と診断されました。このとき非常に危険な状態だったため、医師の側から人工呼吸器装着を積極的にすすめ、家族も承諾。緊急事態を切り抜けました。しかし、重症の肺炎からようやく抜け出した後も、肺炎を繰り返し、呼吸筋の衰えも進んでいきました。
 1997年6月には、Tさんの状態から人工呼吸器をはずして自力呼吸をすることはむずかしいと判断し、在宅人工呼吸療法に向けて、準備をすることになりました。

在宅人工呼吸療法と胃瘻

 1年間しばしば起こる肺炎と闘ったのち、1998年8月に、在宅用人工呼吸器に切り替え、在宅で人工呼吸器をつけて療養する準備を着々と整えていきました。翌月には、嚥下障害がひどかったために、経管栄養に切替えるための胃瘻の手術も行いました。
 98年12月、自宅での療養環境も整い、いよいよ在宅療養がスタートすることになりました。

尾野先生のコメント

 Tさんは高齢で、しかも球麻痺症状を伴っていたということもあり、呼吸困難の症状が出現するまでの期間が1年間と、症状が非常に速く進行しました。
 そのため、Tさんご本人もご家族も、次々と襲うALSの症状や肺炎との闘いに、非常にご苦労されたと思います。しかし、無事在宅療養に移行することができたのは、主に介護を担っておられるTさんの娘さんをはじめ、ご高齢の奥様や娘婿のSさん、お孫さんなど、皆さんが心をひとつにして、Tさんのケアにあたられた結果だと思います。

リルテック(*注1)で握力に著しい変化が

 Tさんの治療にあたっていて、特筆すべきことがひとつあります。Tさんは、ALSの進行が速かったこともあり、リルテックを服用しはじめたのは、人工呼吸器装着後の1999年8月でした。
 服用開始後2週間目ごろから効果が徐々に現れはじめ、40日目には以下のような効果が認められたとカルテに記録しています。

 ・腕が頭の上に上がるようになる
 ・舌が歯列の前に出る
 ・夜間の吸引が3回から2回に減る
 ・足に力がはいるようになる
 ・握力が強くなる (1.5⇒5.0kg)

 そして、Tさんは新たにさまざまなことに興味を持ち始め、外出したいとまで言うようになりました。2000年4月には、それまで寝たきりだったTさんが、私の往診に同行した帝京大学の学生の補助で、車イスでお花見に出かけたのです。残念ながら、この外出は、年1回の学生実習の時期にしか実現できないので、Tさんは次のチャンスを楽しみにしておられます。

(*1)リルテック:ALSの一因としてグルタミン酸過剰説があり、リルテックは、グルタミン酸による興奮毒性に対し神経細胞死を抑制する効果があるとされている。ALSの病勢の進行速度を遅くする薬剤として、現在日本で認められている唯一の治療薬。

尾野先生のコメント

 リルテックは、ALS初期の患者さんに対して進行を遅くする効果は認められていますが、人工呼吸器を付けた患者さんに対する効果は、あまり報告されていません。しかし、Tさんの場合、上記のような明らかな効果が認められました。
 その後、肺炎などで入院して動かなくなると、その効果がまた半減しましたが、リルテックの服用効果として、まれなケースだと思います。

2週間に1回の往診により、状態が安定

 最初は2カ月に1回の割合だった往診の回数を、2週間に1度と4倍に増やしました。
 この結果、患者さんとご家族の精神状態が非常に安定して、それ以後はほとんど入院することがなくなりました。私と訪問看護婦が訪れる日を、皆さんで首を長くして待っており、報告事項や質問事項などもきちんとまとめられています。上記の握力の変化も、奥様が毎日測定して、記録されていました。ご家族の方たちのこうした努力も、患者さんの「生きる力」の源になっていると思います。

指文字で会話し、明るく生きる

  私が往診すると、Tさんは右手の人差し指でパジャマのおなかのあたりに、「ご・く・ろ・う・さ・ま・で・す」と書いてくださって、会話が始まります。Tさんにとって、唯一のコミュニケーション手段であるこの指文字。それだけに、指文字の練習は、毎日欠かせません。
 往診時に毎回、30秒で書ける文字数を測ります。右手の人差し指で、おなかのあたりにTさんの指が「い…ろ…は…に…ほ…へ…と…」となぞっていきます。
 8カ月前までは10文字しか書けなかったのに、今では14文字まで増えています。これをみると、上肢の筋肉はまったく悪くなっていないといえます。これは、Tさんの意志の強さと意志の力ではないでしょうか。

ベッドの端に座ってタッピングを受ける

ベッドの端に座ってタッピングを受ける 往診時のもう一つのケアは、背中のタッピングです。Tさんを起こしてベッドの端に座ってもらい、私が正面から支えます。Tさんはまだ首の筋肉がしっかりしていて、座った姿勢を維持できるので、看護婦がTさんの背中をタッピングします。
 こうして痰を出しやすくすると同時に、背中の血行もよくします。Tさんはタッピングしている30分くらいの間、自分で動くほうの指の体操をしています。自分でこういう努力ができるということが驚異的です。
 人工呼吸器を着けてただ生かされるのではなく、真剣に生きている。普通に生きてきた男性が、こういう状況に直面して、「生きるとは何か」という問題に向き合わざるをえなくなり、以前よりいっそう真剣に生きるようになられたのだと思います。

尾野先生のコメント

 Tさんは高齢で、しかも球麻痺症状を伴っていたということもあり、呼吸困難の症状が出現するまでの期間が1年間と、症状が非常に速く進行しました。
 そのため、Tさんご本人もご家族も、次々と襲うALSの症状や肺炎との闘いに、非常にご苦労されたと思います。しかし、無事在宅療養に移行することができたのは、主に介護を担っておられるTさんの娘さんをはじめ、ご高齢の奥様や娘婿のSさん、お孫さんなど、皆さんが心をひとつにして、Tさんのケアにあたられた結果だと思います。

詩吟を吟じていたTさんの短歌づくり

 Tさんのいちばんの楽しみは、病床にあって指文字で短歌を作ることです。昔から詩吟が趣味だったTさんの作る短歌や俳句は、そのひとつひとつが、精神的な強さをよく表現していて、すばらしいと思います。
 Tさんの短歌

 三年をベッドの上で思うのは 戦野に散りし友の顔

 管理灯ひかり落として看護婦の 靴音低く遠ざかり行く

 寝たっきり テレビを見ての 花見かな

 踏まれても踏まれてもなを 道草の 芯の強さは 我に似たりや

 君知るや 路傍の舗装割って出る 草の命のなんと雄雄しき

Tさんを介護する娘さんの言葉

  • 帝京病院の先生方が、積極的に治療してくださったので、ここまで来られました。
  • 2週間に1回、先生と看護婦さんが往診に来てくださるので、不安がありません。
     私たちは、本当に幸せです。