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カルテの余白

エピソード17
LTTプログラム委員 佐々木彰一先生

ALSが遺族に遺したもの -その2-

ALSが遺族に遺したもの―その2―ご主人がALSを発病されて10年間、献身的に介護をされた奥様に、ご主人の亡き後、介護生活の思い出とその後のお気持ちについてうかがいました。

症状の進行が比較的遅かったTさん

 Tさんの症状は典型的ALSとは異なって、両上肢とくに上肢帯(三角筋、三頭筋、二頭筋、肩甲部の筋など)に限局する比較的特異な筋萎縮分布を呈する症例でしたが、このタイプのALSは典型的ALS(*1)と比較して、その経過が比較的緩徐で長期にわたって下肢の筋力が保たれるのが特徴です。
 Tさんはレバ刺しがことのほか好きで、嚥下障害があるにもかかわらず、レバ刺しだけはむせることなくパクパク食べていたようです。レバ刺しの話をするとき、大きな目が一段と大きくなり輝いていたのが印象的でした。
 10年間もの長きにわたって介護をなさった奥様は、きっぷいいこぎれいな方で、とても献身的でした。今回は、その奥様に介護の回想とその後のお気持ちについて伺いました。
(*1:典型的ALSでは、多くは上肢の遠位部すなわち手指の筋力低下と筋萎縮から発病します。)

奥様の手記

少しでも穏やかな毎日を・・と懸命の看病

  ―――私は、主人がALSに罹患してはじめて、こんなにも残酷な病があったことを知りました。これといって治療法もなく、ひたすら苦痛に耐えるしかない主人をみて、この病気に見舞われたことを心底くやしく思いました。主人は不安と恐怖感で一杯だったはずです。私ももちろん同じでした。だからこそ、そういう気持ちを何とかして軽くして少しでも穏やかな毎日を過ごせるようにしてあげたい、その一心で看病にあたってまいりました。結果的には発病してから約10年という歳月を主人は懸命に生きてくれました。
無理を押して行った旅-忘れられない笑顔

  その間には闘病の辛さはもちろんありましたが、沢山の良き思い出も作れました。旅行も2度ほど行き、新鮮な海の幸に喜び目を見張るほどよく食べました。嚥下機能も低下していましたが主人はおいしいと一生懸命食べたこと、旅の最中に撮ったどの写真をみても嬉しそうにしている主人をみると、無理をしてでも行って良かったと心から思いました。
娘とバージンロードを歩いたあの日娘とバージンロードを歩いたあの日

印象的なのは、娘の結婚式でした。亡くなる2年前に娘2人がそれぞれ夏と秋に式を挙げました。歩くのも支えがないとよろける状態でしたが、娘とバ-ジンロ-ドを歩いたとき、いつもよだれを流していた主人が信じられないほど、まったくよだれがでなかったこと。娘を絶対の宝としてひたすら働いていた主人の強い意志と気迫を感じました。

 亡くなる3カ月前には、わずかに寝るだけで一晩中ベッドの棚をトントンと叩いて私を起します。息苦しく体が辛いことは私に訴えるしかないと分かっていても、連日の寝不足に疲れ切り、少しは私を寝かせて!と大きな声で主人を怒鳴ってしまったこと・・・。健康な私がなぜもっと頑張れなかったのか。あの時、主人が最も無念に思った瞬間ではないかと思い出すと、今も後悔の涙が出てしまいます。朝夕の般若心経をあげた後には、ごめんなさいと言うことで自分自身の心を落ち着けています。主人の最期の日には家族全員が集まることができ、意識が薄れていく中で一人一人をかみしめるように見渡しながら、かすかに微笑むかのように永眠いたしました
何も手につかない日々を乗り越えてやっと今動き出した時間

  主人の死後はその喪失感を娘たちで埋められるものではなく、何も手につかない日々を過ごしました。周りに心配をかけないようにと笑顔を作ってみるものの、たった一人違う世界に取り残されたようでした。どうしても前に1歩踏み出せない。ごく親しい人以外、誰にも会いたくない、絶対いやだ。そんな3年間でした。でも今は少しずつ主人と過ごした掛け替えのない日々をしみじみ振り返ることもでき、やっと人と屈託なく話をし、友人との外出も楽しめるようになりました。何より孫の成長という新しい楽しみも増えました。ここに主人がいたら――という思いはこの先も決して消えることがないでしょう。やっと今時間が動き出した感じがします。―――――

佐々木先生のコメント

患者さんだけでなく介護者にも必要な精神的サポート
 ALSは発病してから通常約3~5年の予後といわれておりますが、本症例のように約10年あるいはそれ以上の長期にわたる症例も存在します。10年間もの長きにわたって献身的に介護された奥様の身体的および精神的負担・苦痛は筆舌に尽くせないほど壮絶であったことは容易に想像できます。
 前回のALSで奥様を失ったご主人と、今回のご主人を失った奥様にALSが遺したものには、いくつかの共通点がみられます。
 第一に、介護者は患者さんにつきっきりの状態になるため、介護する過程で、身体的にも、精神的にもヘトヘトに疲れてくるということです。患者さんの症状が重くなればなるほど、患者さんの介護者への身体的・精神的依存度が強くなるため、介護者の負担が次第に重くなってきます。介護者はつらい気持ちを発散する術がなく、疲労やストレスのため、つい怒ったり、冷たいことをいったり、喧嘩したりすることが多々あるようですが、あとで介護者は自分の寛容性のなさを後悔することが多いようです。
 第二点は、ALSは生前のみならず、患者さんの死後も介護者に精神的ダメージを与えることです。前回のご主人は6年経過した今でも、なにかにつけて過去のことを赤裸々に思い出し動悸をおぼえたり、あるいは過去と現実の錯覚をおこしたりしておられますが、今回のご主人を亡くされた奥様にいたっては、死後3年間はなにもする気になれず、また友人をはじめ誰にも会いたくないなど、空虚な日々を過ごされています。これは一種の反応性の精神症状だと思います。以上のことから言えることは、ALSは患者さんばかりでなく介護者に対しても、生前はもちろんのこと死後にも多大な精神的負担・苦痛をあたえているという事実です。
 医師として、ALSの病態解明をめざして研究を続け、さらにALS患者さんの治療に関して最新の情報から少しでも有効性の高い治療法を選択するのが精一杯との思いを抱いておりましたが、この2症例の遺族の方々の文面に接して、今後さらに患者さんへよりよき医療を施すべく、また介護者に対しても支援をするべく、最大限の努力をして参りたいとの強い思いを新たに抱きました。