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Discussion : ALSの早期確定診断

海外・国内のALS治療、患者さんのQOLに大きく影響するALSの早期確定診断をどう実現するか。 —神経内科と他科の綿密な連携が不可欠—

神経難病のうちでも最も難病といわれるALS(筋萎縮性側索硬化症)。全身の運動神経が侵されるALSの原因究明の研究は、近年著しい進歩を遂げているにもかかわらず、まだ根本的な治療法の解明には至っていない。
このような状況のなかで、海外の神経内科専門医3氏を迎え、日本の5人の専門医が一堂に集い、ALSの早期発見と患者さんのQOL向上について、それぞれの立場で意見を交わした。
病気の進行が早く、次々に対策を講じなければならないALSは、早期に診断されることが重要だが、現状はどうなのだろうか。また、確定診断の遅延は患者さんのQOLにどのように影響するのだろうか。
座談会メンバー

各国で増加しているALS患者

 日本におけるALS患者数は、2004年の特定疾患(ALS)認定患者数を見ると、7,007人となっており、これは過去最高の数字となっている。1972年に発足した特定疾患治療研究事業は、1975年当時まだ広く認知されていなかったとしても、この年のALS患者数に比べると、2004年までの29年間で驚異的に増加している(図1)。この間日本の人口は、約1億1,190万人(1975年)から1億2,780万人(2004年)へとわずか1.14倍に増加しただけであるから、いかにALSの患者数が急増しているかがわかる。郭伸氏も「臨床現場においても確実に増加している印象を持っています」と語っている。
 一方、モーラ氏によれば、スペインのALS患者数は、1950年代に増加傾向を示すが1960年代は逆に急減する。その後再び増加傾向に転じ、現在に至っているという。1950年代の増加傾向については、恐らくALSと誤診された患者数が含まれていることが、理由として考えられるという。
 また、イタリア国内のALSに関する疫学的データは現時点では存在しないが、ALS患者の死亡率の推移を見ると、やはり1980年以来増加傾向にあり、このことは患者数の増加を反映しているとシラーニ氏は語る(図2)
 さらに、ストロング氏が懸念するのは、カナダにおいても日本と同様高齢化が進み、2020年には65歳以上の高齢者が人口の18%を占めると予測されていることだ。現在カナダのALSの発症年齢が55~65歳でピークを示していることから、20年後には、高齢者人口の増加に応じて、患者数の増加が容易に予測されるという。
 では、このように、ALSの患者数が世界的に増加傾向を示していることに対して、神経内科専門医として、どのような対策を講じるべきなのだろうか。精神・肉体の両面で厳しい療養生活に直面せざるを得ない患者さんや家族の方に対して、専門医としてできるのはどのようなことなのだろうか。
 海外の専門医3氏と日本の専門医5氏が、それぞれの臨床経験に基づいて交わした議論を次に見てみよう。

日本のALS患者数の推移

イタリアのALS死亡率の推移(1957-1994)

発症年齢は男女とも65~69歳がピーク

 ALSの患者数を発症年齢別に見てみると、日本は65~69歳がピークとなっており、男女とも50~74歳の年齢層に集中している(図3)。この傾向は、スペイン、カナダ、イタリアなどでもまったく変わらない。では、この年齢層でどのような症状が初発症状として現れているのだろうか。
 典型的ALSでは、四肢の遠位部の筋力低下と筋萎縮から発病することが多いが、一方では四肢にまったく異常がなく、“飲み込みにくくなったり、ろれつが回らなくなる”球麻痺から発病する場合も少なくない。岩崎泰雄氏が1992年から10年間にわたって実施した東邦大学大森病院のALS患者調査によれば、男女比は1.27:1で男性に多く、初発部位は四肢が56%、延髄(球)が44%であったと報告している(図4)

日本のALS患者の発症年齢別・性別分布 (2005)

性別・初発部位別分布

初期症状から確定診断までに要する時間が最大の問題

 ALSの患者さんが、初期症状を自覚したときに受診する診療科を調べてみると、整形外科や内科、耳鼻咽喉科、精神科など神経内科以外が多い。岩崎氏は、「整形外科が30%、一般医が28%、脳神経外科が10%、耳鼻咽喉科が4%で、合計すると72%にも上っています。このことから、ALSの確定診断に至るまでに、患者さんがあちこちの病院を転々としている事実がわかります(図5)」と語る。
 モーラ氏は、「スペインにおいても実態は同じです。260人を対象に行った調査では、4ヵ所以上の医療機関を受診している患者さんが27%に上り、最初に一般家庭医を受診する率が約52%、外科医を受診する率が約23%となっています(表1)。一般家庭医などがすぐに神経内科に紹介してくれるケースが少ないのが問題です」という。
 では、患者さんが初発症状を自覚してからALSの確定診断を受けるまでにどれくらいの時間がかかっているのだろうか。岩崎氏の調査によると、日本では12.9か月を要しており、スペインでは15.3か月、イタリアでは21.9か月という報告がある(図6)
 なぜ確定診断までの時間がこんなに長くかかるのだろうか。
 尾野精一氏は、「原因の一つとして考えられるのは、ALSという疾患が稀であるため、一般医や整形外科医、耳鼻咽喉科医などが、自分の診療経験のなかで、ALSの患者と遭遇することがあまりないということです。したがって当然疾患に関する知識や関心が低くならざるを得ないのだろうと思います」と語る。
 したがって、筋萎縮などのALSの初期症状を持つ患者さんが受診した場合は、神経内科医以外でもバビンスキー反射や膝蓋腱反射(図7)などの上位運動ニューロン障害の有無を検査し、ALSの可能性が疑われるときは、すぐに神経内科専門医に紹介してもらいたいとも述べた。

ALSの初期症状から確定診断に至る過程(日本) 2001

ALSの初期症状から確定診断に至る過程と要する時間(スペイン)

確定診断に至る期間——国別比較

上位運動ニューロン(UMN)障害の有無を確認する代表的なテスト

ALSの確定診断の難しさ

 さらに、確定診断に時間がかかるもう一つの原因として、佐々木彰一氏は、「診断の難しさ」を挙げる。
 「神経内科専門医の診察と検査により、約80%の患者さんは比較的早く確定診断を下すことが可能です。しかし、非定型のALSの症状を示す約20%の患者さんの診断は難しく、類似の神経疾患と鑑別しにくいのですが、針筋電図検査などによって、鑑別する努力をしています」と述べている。
  ストロング氏、モーラ氏らもALSの診断の難しさについて同意見を持っており、特に頸椎症、筋疾患、末梢神経疾患など、 鑑別診断の難しいケースが20~25%はあるとしている。

患者さんの不安を除去するためにも早期確定診断を

 日本と同様に、スペイン、イタリアでも、難病に対する公共の医療費支援制度が整備されていることもあり、可能な限り早期診断を行えるようにさまざまな努力が払われている。確定診断を迅速に行うことは、患者さんにとって多くのメリットをもたらすことになるからである(表2)
 郭氏、尾野氏らは、「できるだけ早く確定診断を行い、患者さんとご家族に事実をお知らせしています。告知をする際はかなり神経を使いますが、将来に必ず希望を持たせるように配慮して、患者さんの無駄な不安を取り除くような説明を心がけています」と述べる。初発症状が出て、病名がわからないまま不安を抱えて医療機関を転々としてきた患者さんにとって、医学的に明確な説明を受けることは、大きな不安から解放されることにもなるという。
 「病名を知って、困難ながらもそれを“受容”するプロセスに一歩を踏み出すのは、早期確定診断があってはじめて可能になるのです」とモーラ氏も指摘する。
 また、新たな生活や環境の整備に少しでも多くの時間をかけられることが、患者さんとご家族にとって大きな助けにつながると述べている。

早期確定診断によるメリット

患者さんのQOL向上のために神経内科と他科の緊密な連携を

 ALSの確定診断が下りた患者さんに対しては綿密な治療計画が立てられ、唯一承認されているALS治療薬や、随伴する運動機能障害の改善のためにビタミン剤などの薬剤が処方される。さらに理学療法士、言語療法士、ソーシャルワーカーなども含めたサポートチームを組む医療施設も増えてきている。 「日本ではALSの患者さんに対して、さまざまな支援制度があり、確定診断が早ければ早いほど、経済的な面でも公的な支援を早く受けることができます」と齋藤豊和氏も強調する。
 今回のラウンドテーブル・ディスカッションに参加した専門医たちも、かかりつけの一般医や整形外科医など、患者さんが最初に受診した医療機関で、少しでも ALSの初期症状(表3)が疑われる場合は、神経内科専門医へ紹介してほしいと口を揃えた。
 最後に座長の齋藤氏は、「早期発見は、専門医だけの問題ではなく、患者さんが最初に受診する身近な医療機関の協力が不可欠です。神経内科と他科の緊密な連携により、一日も早い早期発見、早期診断を目指し、患者さんのQOL向上に貢献したい」とメッセージを発信し、会を締めくくった。

ALSのおもな初期症状