臨床・診断
筋萎縮性側索硬化症治療における炭酸リチウム/リルゾール併用の安全性および有効性
Safety and efficacy of lithium in combination with riluzole for treatment of amyotrophic lateral sclerosis: a randomised, double-blind, placebo-controlled trial
Aggarwal SP; Zinman L; Simpson E; McKinley J; Jackson KE; Pinto H; Kaufman P; Conwit RA; Schoenfeld D; Shefner J; Cudkowicz M; Northeast and Canadian Amyotrophic Lateral Sclerosis consortia.
Lancet Neurol. 2010, 9, p481-488
抄録・解説 LTTプログラム委員 佐々木彰一先生
Aggarwal SP; Zinman L; Simpson E; McKinley J; Jackson KE; Pinto H; Kaufman P; Conwit RA; Schoenfeld D; Shefner J; Cudkowicz M; Northeast and Canadian Amyotrophic Lateral Sclerosis consortia.
Lancet Neurol. 2010, 9, p481-488
抄録・解説 LTTプログラム委員 佐々木彰一先生
背景
イタリアのパイロット試験において、筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者に対する炭酸リチウムとリルゾールの併用投与はALSの進行を遅延させることが報告された。そこで今回、ALS患者における炭酸リチウムとリルゾールの併用投与の安全性・有効性を評価することにより、これらの知見を検証することにした。
方法
Time-to-eventデザインによる二重盲検プラセボ対照比較試験を実施した。2009年1月~6月に、Northeast ALS(NEALS)およびCanadian ALS(CALS)consortiaに所属する21ヵ所の医療機関(米国11施設、カナダ10施設)に登録された18歳以上の家族性または孤発性ALS患者のうち、一定の用法・用量のリルゾールを30日間以上服用していた患者を、炭酸リチウム群またはプラセボ群に1:1の割合で無作為化した。なお、治験施設の薬剤師を除き、患者、介護士、治験担当医師およびすべての試験スタッフは治験の割付に関して盲検とした。主要評価項目は、改訂ALS機能評価スケール(ALSFRS-R)の6ポイント以上の低下または死亡までの時間とした。84例が無作為化された時点で1回目、その6ヵ月後または55件のイベント発生後に2回目、さらに100件のイベント発生後に3回目の中間解析を行うこととした。解析はintention to treatで実施した。1回目の中間解析での無益性に関する中止限界(stopping boundary)はp=0.68とした。Log rank testを用いて、炭酸リチウム群とプラセボ群間のイベント発生までの時間分布に関する比較を行った。
結果
2009年1月~6月に97例がスクリーニングされ、84例が無作為化された。1回目の中間解析では、炭酸リチウム群40例中22例、プラセボ群44例中20例においてイベント発生が認められ(Log rank test、p=0.51)、主要評価項目到達のハザード比の点推定値は1.13(95%CI:0.61~2.07)であった。このように1回目の中間解析で無益性の基準に該当したため(p=0.78)、本試験は2009年9月に中止された。なお、中止時点までの平均治療期間は5.4ヵ月であった。炭酸リチウム群とプラセボ群間のALSFRS-Rの平均低下の差は0.15(95%CI:-0.43~0.73、p=0.61)であった。安全性に関する重大な懸念は認められなかった。炭酸リチウム群ではプラセボ群と比べて、転倒(p=0.04)および背部痛(p=0.05)が多くみられた。
解釈
炭酸リチウムとリルゾールの併用投与は、リルゾール単独投与よりALSの進行を遅延させることを示すエビデンスは得られなかった。Time-to-eventの評価項目ならびに事前に規定した中間解析を実施することにより、明確な結果を迅速に得ることができた。ALS患者において容易に利用できるような実薬の治療効果を検討する今後の試験では、本デザインを考慮すべきであろう。
コメント
有核細胞における細胞内器官の分解には、ユビキチン‐プロテアソーム系とオートファジー‐ライソゾーム系の2つの主な経路がある。前者は、選択的細胞内蛋白の大部分の分解を司っているが、短命の既存蛋白の分解のみでなく、細胞から消去されるべき異常蛋白の分解にも関与している。他方、細胞質の構成成分の非選択的一括分解はオートファジー(macroautophagy)によってなされている。すなわち、オートファジーによる分解では、まずphagophoreとよばれる二重の膜が形成されて細胞質内小器官を取り囲み、小器官を二重の膜で完全に包み込んだautophagosomeとよばれる構造物ができる。その後、autophagosomeの外膜がライソゾームと融合して細胞小器官が一重の膜で包まれたautolysosomeが形成され、内部の小器官はアミノ酸などに分解され再利用される。
オートファジーは、細胞のストレスに反応して活性化され、細胞生存維持のために保護的に働くのみでなく、それとは反対に細胞死を引き起こす神経毒性の効果をもっているため、いわば諸刃の剣を有しているといえる。最近、オートファジーが成長や加齢などの生理学的過程に関与し、また、癌、感染性疾患、アルツハイマー病やパーキンソン病などの病的状態にも関与していることが指摘されている。オートファジーとALSとの関連については、変異SOD1(G93A)導入マウスでautophagosomeの二重の膜に存在するLC3-Ⅱ免疫活性がupregulateされ、リチウム治療により脊髄にオートファジーが誘導されること、前頭側頭型認知症を伴うALSでオートファジー‐ライソゾーム経路の変異が関連していること、LC3との相互作用を介してautophagosomeに選択的に取り込まれて分解されるP62が孤発性ALSのスケイン様封入体に存在することなどが報告されている。筆者は最近、孤発性ALSの脊髄運動神経の細胞質がLC3で陽性であること、round bodyやスケイン様封入体などALSに特徴的な封入体がP62で陽性であること、ALS症例では共通して電子顕微鏡でautophagosomeやautolysosomeなどのオートファジーに合致する構造物がみられることから、オートファジーがALSの病態機序に密接に関与していることを報告した1)。
リチウムはオートファジーを誘導して神経保護作用を有するため、ALS治療に有効であるとの報告がなされている。例えば、培養神経細胞にリチウムを前投与すると、グルタミン酸誘導のNMDA受容体を介したアポトーシスを抑制でき、リチウム単独あるいは抗酸化作用物質との併用療法は、ALSマウスモデルの運動機能の改善や寿命の延長をもたらし、さらに脊髄の器官型スライス培養ではリチウムを長期間投与することにより用量依存性に運動神経の興奮性神経毒による細胞死が抑制される。リチウムとバルプロ酸の併用療法をALSマウスに施すと、それぞれの単独療法よりも初発症状の発現時期を遅延させ、神経脱落症状のスコアを減少させ、かつ寿命の延長がみられる。ALS患者でのリチウムとリルゾールの併用による15ヵ月間の無作為パイロット試験では、リルゾール単独療法に比較して、ALSFRS-Rで神経症状の悪化や肺活量の低下を抑制し、寿命を延長させたとの報告がある。一方、長期のリチウム治療は、何ら治療的効果をもたらさないとの報告もなされている。すなわち、雌のALSマウスのリチウム治療で治療効果も神経保護作用もみられなかったとの報告、炭酸リチウムの血中濃度が有効範囲内にあるグループと有効濃度以下にあるグループ間で生存期間や自律性の喪失などの主要評価項目に有効性がみられなかったばかりでなく、低用量であっても有害作用および投与中止例が高率にみられ、試験が中止されたとの報告などがあり、ALSのリチウム治療に関しては賛否両論があるのが現状である。
このような背景のなかで、今回、リチウムとリルゾールの併用療法とリルゾールの単独療法の無作為二重盲検プラセボ対照試験が実施され、炭酸リチウムとリルゾールの併用療法にはリルゾール単独療法と比較してALSの進行を抑制させる作用はみられなかったことが報告された。
リチウムには炭酸リチウムとクエン酸リチウムがあり、多くは炭酸リチウムとして主に精神科領域で双極性障害の治療に用いられている。リチウムは腎臓から体外に排出されるが、副作用として、吐き気、軽い胃けいれん、口渇感、手足の脱力感、易疲労性、眠気、手指振戦、多飲多尿、体重増加などが報告されている。
リチウムは処方により容易に入手できるため、リチウムがALS治療に有効であるとの報告のみが流布すると、リチウムのoff-labelとしての使用の増加が懸念される。ALSにおけるリチウムのさらなる有効性やオートファジー誘導の治療的効果についてはなお検討の余地があるものの、今回の研究結果は、ALSにおけるリチウム治療の無効性を示してリチウムの乱用に歯止めをかけるという意味においても有益な報告であると思われる。
オートファジーは、細胞のストレスに反応して活性化され、細胞生存維持のために保護的に働くのみでなく、それとは反対に細胞死を引き起こす神経毒性の効果をもっているため、いわば諸刃の剣を有しているといえる。最近、オートファジーが成長や加齢などの生理学的過程に関与し、また、癌、感染性疾患、アルツハイマー病やパーキンソン病などの病的状態にも関与していることが指摘されている。オートファジーとALSとの関連については、変異SOD1(G93A)導入マウスでautophagosomeの二重の膜に存在するLC3-Ⅱ免疫活性がupregulateされ、リチウム治療により脊髄にオートファジーが誘導されること、前頭側頭型認知症を伴うALSでオートファジー‐ライソゾーム経路の変異が関連していること、LC3との相互作用を介してautophagosomeに選択的に取り込まれて分解されるP62が孤発性ALSのスケイン様封入体に存在することなどが報告されている。筆者は最近、孤発性ALSの脊髄運動神経の細胞質がLC3で陽性であること、round bodyやスケイン様封入体などALSに特徴的な封入体がP62で陽性であること、ALS症例では共通して電子顕微鏡でautophagosomeやautolysosomeなどのオートファジーに合致する構造物がみられることから、オートファジーがALSの病態機序に密接に関与していることを報告した1)。
リチウムはオートファジーを誘導して神経保護作用を有するため、ALS治療に有効であるとの報告がなされている。例えば、培養神経細胞にリチウムを前投与すると、グルタミン酸誘導のNMDA受容体を介したアポトーシスを抑制でき、リチウム単独あるいは抗酸化作用物質との併用療法は、ALSマウスモデルの運動機能の改善や寿命の延長をもたらし、さらに脊髄の器官型スライス培養ではリチウムを長期間投与することにより用量依存性に運動神経の興奮性神経毒による細胞死が抑制される。リチウムとバルプロ酸の併用療法をALSマウスに施すと、それぞれの単独療法よりも初発症状の発現時期を遅延させ、神経脱落症状のスコアを減少させ、かつ寿命の延長がみられる。ALS患者でのリチウムとリルゾールの併用による15ヵ月間の無作為パイロット試験では、リルゾール単独療法に比較して、ALSFRS-Rで神経症状の悪化や肺活量の低下を抑制し、寿命を延長させたとの報告がある。一方、長期のリチウム治療は、何ら治療的効果をもたらさないとの報告もなされている。すなわち、雌のALSマウスのリチウム治療で治療効果も神経保護作用もみられなかったとの報告、炭酸リチウムの血中濃度が有効範囲内にあるグループと有効濃度以下にあるグループ間で生存期間や自律性の喪失などの主要評価項目に有効性がみられなかったばかりでなく、低用量であっても有害作用および投与中止例が高率にみられ、試験が中止されたとの報告などがあり、ALSのリチウム治療に関しては賛否両論があるのが現状である。
このような背景のなかで、今回、リチウムとリルゾールの併用療法とリルゾールの単独療法の無作為二重盲検プラセボ対照試験が実施され、炭酸リチウムとリルゾールの併用療法にはリルゾール単独療法と比較してALSの進行を抑制させる作用はみられなかったことが報告された。
リチウムには炭酸リチウムとクエン酸リチウムがあり、多くは炭酸リチウムとして主に精神科領域で双極性障害の治療に用いられている。リチウムは腎臓から体外に排出されるが、副作用として、吐き気、軽い胃けいれん、口渇感、手足の脱力感、易疲労性、眠気、手指振戦、多飲多尿、体重増加などが報告されている。
リチウムは処方により容易に入手できるため、リチウムがALS治療に有効であるとの報告のみが流布すると、リチウムのoff-labelとしての使用の増加が懸念される。ALSにおけるリチウムのさらなる有効性やオートファジー誘導の治療的効果についてはなお検討の余地があるものの、今回の研究結果は、ALSにおけるリチウム治療の無効性を示してリチウムの乱用に歯止めをかけるという意味においても有益な報告であると思われる。
参考文献
| 1) | Sasaki S. Autophagy in spinal cord motor neurons in sporadic amyotrophic lateral sclerosis. J Neuropathol Exp Neurol 70(5): 349-359, 2011 |


