海外ALSケア施設訪問リポート

第8回 -ベルリン-(ドイツ医科大学チャリテ)

人工呼吸器装着について

■侵襲的換気療法は10~15%

 当施設で経過をフォローしている ALS 患者さんのうち、呼吸症状の悪化に伴い、鼻マスク等による非侵襲的換気療法を実施する割合は 20%である。また、気管切開による侵襲的換気療法実施は 10~15%である。これはドイツ国平均や欧州平均より高いが、ドイツでも地域によって差がある。たとえば、プロテスタントの多い北部とカトリックの多い南部では異なるし、宗教的影響が強い旧西ドイツとそれほどではない旧東ドイツでも異なる。また一般的には若い患者さんや、配偶者や子供がいて介護環境に恵まれている患者さんが人工呼吸器装着を希望することが多い。

人工呼吸器装着はおろか中止においても患者さんの意思が尊重される

 ドイツでは患者さんによる意思の優先という考えが徹底しており、医師は治療法の選択肢を提示し、アドバイスをすることはできるものの、最終決定は患者さんである。患者さんの意思に反して行われる治療はむしろ有害とみなされる。そのため、ドイツでは事前指示書をあらかじめ用意しておくことが推奨されている。
 ALS 患者では呼吸筋麻痺が進行すると、生命維持には人工呼吸器が不可欠となる。我が国では、人工呼吸器が必要となった段階で、装着するかしないかの自由はあるが、装着にあたっては、公的補助があっても家族の負担が大きく、誰もが装着できるわけではないこと、患者さん本人の意思であっても装着後は人工呼吸器を外すことは認められていないことから、装着時に将来的な病気の進行による変化までを想定しての決定が要求され、患者さんはその決断に悩まされる。
 これに対して、ドイツでは人工呼吸器の装着はおろか中止についても患者さんの意思が尊重される。人工呼吸器装着については、後述するように医療面・経済面での公的な補助が完備されているため、家族に負担を強いるという負い目をそれほど負わずに装着を決断することができる。一方、自らの意思で人工呼吸器を装着し、何年か経過した後に呼吸器管理を中止する決断を下すことも可能である。前述のように事前指示書の準備が推奨されてはいるが、たとえ事前指示書がなく、急変時に救命のため人工呼吸器を装着されても、意識を回復した患者さんがそれを望まなければ、中止は可能となる。もちろん、いずれの場合も十分な猶予期間をおいて、患者さんの意思に変わりがないかを確認し、適切な緩和ケアとともに実施される。ただし、認められているのはあくまでも治療の中止であり、苦痛に対する緩和ケアは実施するものの、積極的な安楽死はドイツでも認められていない。この理念は、意識が清明で病状を十分理解できる患者さんには人工呼吸を中止する権利があることを前提とした、医療者・介護者には患者さんの意思に逆らってまで生命を長らえさせる権利はない、という社会的コンセンサスに基づいている。(Neurology 73:1227-1233, 2009; Eur J Neurol 12:921-938, 2005; ALS 7:5-15, 2006)。

自己決定をサポートする充実した医療福祉環境

 人工呼吸器を一度装着した後でも中止できる点で、ドイツの ALS 患者さんは日本の患者さんに比べ、生き方の自由度が高いと言えるかもしれない。希望して人工呼吸器を装着しても、療養生活を続ける中で、中止したいと考える時期がくることもある。逆に、もともと人工呼吸器を装着する意思は強くなかったとしても、装着後に心境が変化することもある。人工呼吸器を装着すると、装着後 1ヵ月は後悔する患者さんも多いという。しかし良好なケアを受け、人工呼吸器に慣れてくると、後悔はなくなる例が多いという。ドイツでは家族介護者がいなくても、国庫の負担による保険で 24時間の手厚い介護を受けられるので、人工呼吸器を装着した患者さんでも良好な QOL を維持していることが少なくない。コミュニケーションツールも発達しており、前項のジャンセンさんのように自立的生活を維持することも可能である。ドイツにおける、このような充実した医療福祉環境は、ALS 患者さんの人工呼吸器の装着・中止の自己決定に多大な影響を与えているのではないだろうか。