学会セミナー

第40回 日本神経学会総会 サテライトシンポジウム

ALS患者のQOL

福原信義福原信義
国立療養所犀潟病院 副院長

ALS患者におけるQOLの解釈

 QOLという用語は医療分野ではスローガンのように多用され、いろいろな意味に用いられている。包括的QOLや健康関連QOL、これをさらに一般的な健康関連QOLと疾患特異的な健康関連QOLに分けることもできる(図1)。
QOLをADLと同じように捉えている人、居住環境や経済状態といった外的環境に関する満足度や幸福度まで含めて捉えている人と、QOLの定義は実にさまざまであるが、病状の比較や治療効果の評価をQOLで示す場合には、QOLを定量化することが必要となる。そのための尺度は多彩であるが、「SF-36尺度」は、健康関連QOL尺度の代表的なものとして国際的に標準化され、日本でも標準データが揃っていることから外国との比較も容易である。
しかしながら、QOL尺度は「SF-36尺度」も含め、そのほとんどが自己記入式のため、項目数や信頼性、精度の点で限界があり、個人レベルでの応用は困難とされる。さらに、ALSのような神経難病患者においては、質問項目に対する聴取不能の例が20%以上もあり、QOLの客観的な評価は極めて困難とされるのが実情である。すなわち、ALS患者のQOLの改善を論ずることは、個々の患者の主観的な生きがいや満足度の改善を図ることにならざるを得ない。
図1 QOLとは
図1

ALS診断の告知はいかに行うべきか

 癌の治療では病気の告知が不可欠と考えられているが、ALSではどうあるべきか。
国立療養所神経内科協議会に加入している38施設で実施された告知に関する調査では、ALS患者の約半数がレスピレーターを装着せずに死亡する一方で、病気の告知が不十分のままレスピレーターを装着する例が少なくないこと、さらに根本的治療法がないことを告げないインフォームドコンセントが35%に見られることなどが明らかにされた。
また、診断の告知や病状説明が本人ではなく配偶者に行われ、その内容も医学的な内容に終始し、介護や福祉面での説明が少ないために告知後の十分な療養支援体制が保障されず、患者や家族の不安が大きいとする報告もある。
診断の告知は、基本的に患者本人に対して診断時に行うものであるが、ALSの場合には段階的に行うことが望ましいと考えられつつある。まず、診断時に診断と長期予後、すなわち病気が進行性であることについて、次いで嚥下障害が出そうになったら経管栄養と胃瘻の増設について、さらに呼吸困難が出る前に呼吸筋麻痺と気管切開、レスピレーターの使用について説明する必要がある。また、説明する際には、単に医学的な話だけでなく、介護や福祉に関する問題についても詳しく紹介することが重要である。

心理面でのサポートが不可欠

 ALSは癌や一般の内臓疾患と異なり、歩行、発語、咀嚼、嚥下などの人間にとって基本的な身体機能の障害を生じ、最終的には全介助状態となる。患者はこの先どうなっていくのかわからないという得体の知れない不安を抱え、病状が進行して障害者となった自分を受容できないことも少なくない。そのため、心理面でのサポートが不可欠とされる。
Wrightは、障害を受け入れるためには人生における価値の変換が必要であり、失ったものにとらわれず、他の価値を認めること、さらに身体的外観・能力よりも人格的な価値のほうが重要であることを知ることが大切だと指摘している(表1)。
われわれの経験では、心理療法を中心としたサポートグループが非常に有効とされ、同じ病気の患者や家族が定期的に集まって心の思いを吐露することで、自己肯定感の増強と抑圧的な人間関係を改善することが可能となっている。
表1◆障害の受容には
障害者が障害を受け入れるためには、価値の変換が必要(Wright F.)
●失ったものにとらわれず、他の価値を認める。
●身体的外観、身体的能力よりも、人格的な価値の方が重要であることを知る。
●他人と比べないで、自分自身の価値を考える。
●障害に起因する様々な波及効果を抑制する。

QOLを高めるためのアプローチ

 ALS患者のコミュニケーションについては、舌咽頭筋麻痺のために構音障害が強くなり、次第に意思の疎通が困難となる。そこで常に機能の低下を見越して、次のコミュニケーション手段を準備しておく必要がある(図2)。近年の情報機器の発達は目ざましく、四肢が完全に麻痺し、発声ができない患者でも適当な機器を備えることにより、インターネットや電子メールによる外部とのコミュニケーションが可能になっている。
図2 コミュニケーション手段
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 現在、われわれは病状が進行して外眼筋以外のすべての筋肉が麻痺しても、視線を合わせることで操作が可能となるコンピュータを開発している(図3)。試作品では、視線のみでワープロ、ナースコールの操作はもちろん、インターネットなども操作できることが確認された。末期にいたるまで知的機能が残存されるALS患者にとって、こういった機器の開発によってコミュニケーションを図ることは、QOLを保持する意味で大きな要因の1つであると思われる。
図3 四肢麻痺患者がコンピューターを利用するための視線入力装置
図3
 また、レスピレーターを装着した患者においては、球麻痺のために唾液が口から流れ出て首の周囲を汚し、本人の精神的な苦痛だけでなく、介護者にとっても常に口腔内の吸引を行わなければならないことで、介護負担を大きくしている。現状では、連続使用が可能な卓上型吸引器が見当たらなかったため、われわれは家庭用の水槽に使われているエアポンプを吸引用に改造して使っている(図4)。4,000円程度と安価であるだけでなく、吸引回数が大幅に減ったことで患者に付きっ切りになる時間が少なくなったと、家族にたいへん喜ばれている。
ALSの患者のQOLの改善のためには、このような介護機器のさらなる開発が必要と思われた。
図4 低圧持続吸引器の開発
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QOLを向上させるためには

 ALS患者のQOLを考慮したケアのためには、きちんとした診断とそれに基づく病気の告知が不可欠とされる。また、患者、家族のQOLのためには福祉面での情報提供、身体障害に対するサポート、心理的なケアが欠かせない。しかしながら、現状ではいずれの面においてもいまだ不十分であり、なお一層の努力がわれわれに求められているものと考える。