学会セミナー

第49回 日本神経学会総会 ランチョンセミナー

ALSの緩和ケア -告知から終末期まで-

荻野美恵子先生荻野美恵子
北里大学医学部神経内科学 講師

緩和ケアの実践

 病初期から症状だけでなく、告知や疾患受容などの苦悩があり、経過でみられるあらゆる肉体的・精神的な苦痛に対応する必要があることから、ALS診療は、すなわち緩和ケアであるといえる。

ALS患者の抱える葛藤への理解

 ALSは、継続して進行し、かつ致命的な疾患であり、現在のところ根本的な治療法は存在しない。重度の身体障害を伴うため、介護の負担も大きい。患者は通常、知能も感覚も正常を維持したまま、進行する疾患と向き合わなければならないうえに、人工呼吸療法の選択など、生きるか死ぬかの選択を迫られる。癌患者とは異なる葛藤を抱えるALS患者と向き合うことで、医師もまた人間の生きる意味、尊厳について問われることになる。
生きる意味とは何か 人間の尊厳をどう考えるのか

ALSの治療はすなわちQOLの向上にある

 進行が速く、次々に機能障害が加わるALSの診療においては、患者のQOLをいかに維持・向上させるかが大きな課題となる。その実現のためには、適切なタイミングで十分な対症療法を行うことを重視すべきであり、その実践においては、何よりもインフォームドコンセントが重要になる。
ALSの治療=QOLの向上

ALSのインフォームドコンセント

 インフォームドコンセントは、一方的に伝えるだけでは成立しえない。患者の立場に立ち、時にその生き様に沿った理解に基づくアプローチこそが必要とされる。後悔することなく、最後まで納得できるように生きるための具体的な対応を患者・家族と一緒に考えることで前向きになれるのである。

「告知されてどう感じたか」

 北里大学東病院に通院中のALS患者32例中25例から回答を得られた調査(2005年実施)において、「実際に告知されてどう感じましたか」との問いに、22例が「聞いてよかった」と回答している。「教えないでほしかった」との回答は1例もなかった。
ALS告知に関する調査

bad news telling――どのように告知するか

 かつて多くの医師は、ALSのような難病を患者本人に告知することに慎重であり、最初に家族に告げるケースがほとんどであった。しかし人々の意識の変化とともに状況は変わり、本人への告知が主流になりつつある今日、「どのように伝えるか」「どのように切り出すか」「どのように話すか」、より具体的な方法論が必要とされている。しかし、最も重要なことはケース・バイ・ケースの対応であり、「これが普通だから」といった一律の対応は患者にとっては受け入れがたいことである。
どのように伝えるか
どのようにきりだすか
どのように話すか

最初のインフォームドコンセントには時間をかけたい

 Bad News Tellingを行う最初のインフォームドコンセントでは、ALSという疾患について、診断に至った理由、今後予想される問題点と対処法、介護保険や特定疾患などの社会福祉制度の利用など、患者に伝えるべき事柄は多岐にわたる。外来で多くの時間を割くには多大な努力を要するが、患者が笑顔で診察室から帰れるよう、最低1時間、あるいはそれ以上の時間を割きたい。そうすることで、その後の患者の安定性は大きく異なってくると実感している。
最初のインフォームドコンセント

ALSの症状緩和

 ALSの進行は速い。それだけに、四肢麻痺、嚥下障害、コミュニケーション障害、呼吸筋麻痺などの症状を緩和し、よりよいQOLを維持するには、常に先を読み、予測を立てた対応が求められる。

四肢麻痺

 四肢麻痺の症状改善は難しく、適切な時期に適切な装具を使うことが重要である。たとえば上肢の筋力を補助するための装具は種々あるが、これらの装具を使用できる期間は約3カ月とごく限られる。症状の進行速度を勘案しながら、適切な時期に適切な装具を使用できるよう準備を進めたい。社会資源を活用して装具を購入あるいはレンタルする場合にも、認可が下りる時間を見越しておく必要がある。
四肢麻痺

嚥下障害

 嚥下リハビリは重要であるが、障害が進み十分な栄養摂取が不能となれば、PEG(percutaneous endoscopic gastrostomy;経皮内視鏡的胃瘻造設術)の導入を検討する。一般に、こうした医療的介入の受け入れは難しく、患者、家族が導入を検討するための時間を少しでも多く確保するために前もってのインフォームドコンセントが望まれる。
嚥下障害に対する対症方法

唾液

 球麻痺の進行期に入ると唾液の問題が深刻化し、QOLを著しく阻害する。誤嚥性肺炎の原因にもなりうるため、その対応は非常に重要である。しかし、なかなかよい対策がないのが現状である。現在行われている対症方法では、口渇などの副作用を確認しながら、より適切な方法を探る必要があろう。
唾液に対する対症方法

コミュニケーション障害

 他人とのコミュニケーションが図れなくなるのは、患者にとって非常につらいことである。それだけに、コミュニケーション手段の確保は、進行期のALS患者のQOLに大きく関わるので、なるべく早期の導入を心がけたい。種々のコミュニケーション法が開発されているが、近年ではコンピュータの導入が必須であるため、機能が残存している早い時期に練習を開始することが重要になる。
コミュニケーション障害に対する対症方法
コミュニケーション障害

呼吸筋障害

 早期の呼吸筋障害には呼吸リハビリ、無気肺予防を行うが、いずれ人工呼吸器の導入を検討すべきときがくる。最近では、NIPPV(non- invasive positive pressure ventilation;非侵襲的陽圧換気法)の導入が増加傾向にあるが、「%VC50%以下、PCO2 45torr以上」が導入の目安となる。
呼吸筋障害2
 一方、IPPV(invasive positive pressure ventilation;侵襲的陽圧換気法)の導入は、医療的な問題のみならず人生観、介護の問題などが絡み、導入決断には曲折を経ながら時間を要するのが一般的だ。なるべく早い時期から選択肢を提示して、患者自身がよく考えて、納得して決断できるような状況を整えることが大切である。
 球麻痺が強いにもかかわらずTV(tracheotomy ventilator: 気管切開下の人工呼吸器)を望まない患者への対応には苦慮するところだが、誤嚥予防による苦痛軽減には気管切開が有用である。いずれ進行する呼吸筋麻痺には、気管切開に加え、夜間のみBIPAP(Bilevel Positive Airway Pressure: 非侵襲的二相式ベンチレーター)モードの人工呼吸を行う又は、体外式陽・陰圧人工呼吸器などを用いて呼吸補助を行い、できるだけ自発呼吸を温存する。ただし、限界がきたときの対応については、事前によく話し合っておく必要があるだろう。
呼吸筋障害2 IPPVの方針および導入時期

終末期の緩和ケア

 わが国において、「治す」ためのケアは手厚く行われているにもかかわらず、終末期の苦痛緩和には多くの医師が抵抗を感じてきた。しかし海外では、癌患者のみならず、ALS患者をはじめとする神経難病患者へのモルヒネ使用をはじめ、終末期緩和ケアは日常的に行われている。患者、そして家族を支える社会的な体制づくりが必要とされている。

モルヒネの使用

 日本のALS患者へのモルヒネの使用状況に関するデータはなく、不明である。2005年に実施された『ALS治療ガイドライン』に関するアンケート調査において、同ガイドラインにて「ALSの疼痛管理にオピオイドの投与が望ましい」とされている点について神経内科専門医に問うたところ、30%近くが「妥当」、また35%以上が「保険適応になれば投与を考える」と回答している。しかし、実際にモルヒネを使用している神経内科医は14%にとどまっているのが現状である(2007年共同通信社調べ)。
日本のALSにおけるモルヒネ使用状況
 北里大学東病院でのモルヒネ使用例では70%で呼吸苦の改善がみられた。心配されたモルヒネ導入前後のPCO2については改善例もみられ、適切な時期に導入することで、むしろ呼吸状態はよくなると考えられた。
呼吸苦の改善・モルヒネ導入前後のPCO2変化・投与方法
 ALSにモルヒネを使用することへの抵抗感の背景にはさまざまな理由があると考えられる。なかでも、多くの長時間型モルヒネの保険適応が癌以外の疾患では認められてないことの影響は大きいと思われる。今後、医師主導の臨床試験でその有用性を検証し、社会を動かしていくことを考えていきたい。

在宅みとり -神経難病ネットワークによる北里大学東病院の取り組み-

 厚生労働省の2005年の統計によれば、わが国の病院死は約80%を占めるとされるが、近年、在宅療養支援診療所が増えたこともあり、在宅看取り例も増加傾向にある。在宅看取りには、スタッフの理解と協力が欠かせない。
在宅看取りに必要なこと
 ALSを含む神経難病も、神経内科医と往診医の連携により、在宅看取りは可能である。神経難病の在宅医療には、病診連携のみならず、地域の医療スタッフによるチーム医療が必須となる。北里大学東病院は神奈川県難病治療研究センターに指定されており、希望がある場合、在宅ケア体制を整え、二人主治医制で神経難病患者の在宅看取りへの取り組みを実施している。
 患者や家族が安心して在宅生活に移行するための対策の一環として、神経内科病棟内に3床を確保し、介護負担軽減のための「レスパイト入院」を実施している。
在宅ケア体制
神経難病の在宅医療にはチーム医療が必要
 チーム医療の実践にあたって北里大学東病院では、1カ月に1回「ALSカンファレンス」を開催している。医師、看護師のみならず、ALS診療に携わるすべての職種が参加することで患者情報を共有し、診療の標準化を図っている。主治医による方針の違いを是正することも、診療の質を確保するために欠かせない課題である。
ALSカンファレンス
 コミュニケーション障害を伴うALS患者、認知症患者など、自己決定能力の判断に迷う場合も少なくない。また患者と家族の意向が異なる場合もある。「緊急時の対処方法カード」を事前に作成するなど、少しでもご本人の意思に沿った医療を提供するための工夫が必要であろう。
緊急時の対処方法カード
 今後、ALS患者のQOL向上をめざし、告知から終末期まで、患者そしてご家族が経験するあらゆる苦痛を軽減するための治療・診療体制の整備を進めていきたい。